中国で「言論の自由」を叫ぶ -報道規制と闘ったジャーナリスト長平氏-

2018年05月07日



記者時代の長平氏(上海)


長平(チャン・ピン)氏は調査報道で高い信頼性と影響力を誇った中国の新聞『南方週末』のジャーナリストだったが、2008年に発表したチベットに関するコラムが原因で亡命を余儀なくされる。自らの使命のために闘おうとした長氏が語る想いを映像(約5分)でご覧いただきたい。

中国で「言論の自由」を叫ぶ長平氏


「亡命は、100年も前に中国から消滅した"流罪"と同じ懲罰だ」と、少しかすれた声で背を丸めて話す長平氏(44歳)は、四川省出身の反骨のジャーナリスト。2008年に発表した記事が原因で6年前ドイツに移住。事実上の亡命をすることとなった。
2017年9月、明治大学で行われたシンポジウムのために来日した長氏の取材をするため、土曜日の神保町で待ち合わせた。オープン間もない蘭州ラーメン店で落ち合うと、後ろには長い列ができあがり、その人気のほどを示していた。
「外国ではあまり中華は食べないよ。どこか違うからね」長く故郷を離れざるを得ない亡命者に外国暮らしのわびしさが漂う。
長氏は、1990年代から2000年代にかけて中国国内で絶大な影響力を誇った新聞『南方週末』でニュース報道の責任者兼記者を務め、コラムニストとしても活躍していた。農村政策や地方政府の汚職問題など、数々の調査報道で社会の暗部をあぶり出し、報道の自由への挑戦を続けてきた。"張平"が本名だが、これら鋭い取材記事の内容が当局を刺激して実名での執筆が許可されず、"長平"というペンネームで書き続けた。

大きな波紋を呼んだコラムが中国に与えた影響


転機が訪れたのは2008年。同年3月にチベット自治区で勃発した僧侶らによるチベット政策への反対デモ(民衆蜂起49周年に当たる)に関する報道が過熱し、海外メディアがいくつかの誤報を発するに至ると、中国国内では西側諸国への反発がナショナリズムとして過剰に盛り上がった。そんな空気の中、長氏はイギリス・フィナンシャルタイムズの中国語版に短いコラム『チベット 真相とナショナリズム』を寄稿する。これが大きな波紋を呼ぶこととなった。
コラムの概要は以下のようなものだ。『ラサ事件以降、国内ではチベット自治区の責任者が一方的に判で押したように"ごく少数が破壊行為を行っている"と報道するばかりで、一向に真相が見えてこない。そこで、多くの人はその詳細を知るために海外メディアの情報に頼ることになったが、いくつかの海外メディアが虚偽映像をネットで流すなどして大衆の怒りを買った。謝罪や訂正を行ったメディアもあるが、ニュースの信頼性を失ったことは確かである。将来、中国のメディアが自由に報道をすることができず、海外メディアが信用できないとすれば、どのようにして真相を知ることができるだろうか。開かれた言論環境で十分に討論することが許されれば、真相に近づくチャンスを得ることができるはずだ。虚偽報道は多くの人に客観性と公正性への信頼を放棄させ、ナショナリズムへ走らせた。我々の社会は西洋人が文化的な優越感を持ち、中国に対して偏見を持っていると考えているが、同様に漢民族は少数民族に対して優越感を持っていないだろうか。ナショナリズムで西洋と対抗するならば、少数民族の民族主義を捨てろとは言えないはずだ。官製の定まった評価ではなく、メディアに自由に議論させることで真相を明らかにすることはできないだろうか』
コラムでは、報道と言論の自由を理性的に訴えたが、これを重く見た当局は、『北京晩報』に長氏への厳しい批判を掲載した。これ以降、長氏の記事や名前すらネット上から削除され、まるでその存在を消されたかのように追い込まれていく。さらに香港へ移って新聞『陽光時務』を立ち上げるも当局の圧力により就業ビザの許可を得ることができず、ドイツへ移住することで事実上の亡命状態となった。
インタビューで長氏は次のように話している。
「チベット問題は"超"の付く敏感な問題で、我々メディア人はこれを"高圧線"と呼ぶ。高圧線とは少数民族問題、宗教、領土、軍隊、民主のことで、チベット問題はそれら全てが含まれている」
それでも、長氏は自らの声を自己検閲することを拒否して外へと発し、その反応が予想以上に苛烈なものであったとしても、報道の自由に対する使命を果たそうとしたのである。
例え海外メディアであったとしてもチベット問題に言及することがいかに危険なことであったのかを長氏はむろん意識していた。しかし、「言論の自由とその領域の拡大こそが自分の使命だと思ってきた」と語った通り、これまで自らを縛ってきた自己規制とニュース報道への検閲に対抗し、どうにか突破できないだろうかと挑戦したのであった。

中国の報道の自由のために「日本人もまずは関心を」


残念ながら、現在の中国における報道や表現の自由がこの時よりも緩やかになったとは言い難く、むしろより厳しくなる一方だと言えるだろう。
長氏が"高圧線"と呼んだ中国における報道のデッドラインである"少数民族問題、宗教、領土、軍隊、民主"に加えて、さらに"歴史"や"低端人口(底辺の人々)"もその中に入っているかもしれない。報道の自由がない中国で、そのがんじがらめの環境の中でもどうにか伝えようともがく長氏のようなジャーナリストや表現者がいることを知ってほしい。
記者としての矜持を賭けて長氏は文字通り高圧線に触れ、暗闇に置かれた。20年をかけて築き上げてきた地位や経済的基盤を失い、幼い子供と妻を連れて外国で人生をやり直さなければならなくなった。祖国の家族が不当に拘束されたこともあった。
しかし反骨の人、長氏はインタビューで次のように述べている。
「後悔なんてしていない。あの短い文章が、人々に普遍的な価値について語り合わせたことは中国にとって非常に意義のあるものだった。今は暗闇の時代かもしれないが、声を上げ、光を灯し続けなければならない」と。
現在、長氏は『徳国之声(Deutsche Welle)』を中心にヨーロッパの中国語メディアで、精力的に執筆を続けている。2016年には、これまでの功績が評価されてCJFE(Canadian Journalists for Free Expression)※1の国際新聞自由賞(International Press Freedom)を中国人として初めて受賞した。
※1CJFEは1981年に設立されたカナダの組織。カナダおよび世界各地で自由な表現の権利を守り保護する活動を行っている。特にジャーナリストの自由な表現に対する権利の擁護と監視、支援、奨励に力を入れている


どのような境遇に置かれても、暗闇に光をともすのは自らのペンに相違ないと信じて書き続ける力強さと、奪われた人生に嘆息する二つの表情を複雑に絡ませた長氏の生き様に深い敬意と魅力を感じる。
インタビューの終わりに、日本人ができることはどんなことなのかを聞いてみた。
「とても重要なことだ。中国の人権派や知識人はとても孤独で周囲に理解されない。時に投獄されて姿が見えなくなると絶望してしまうかもしれないが、当局は外国の声をわずかに気にしている。関心を持ってほしい」
日本で耳にする中国に関するニュースでは、覇権主義的に軍拡を続ける政府の猛々しい姿や爆買いする観光客にその注目が集められているかもしれない。しかし、その向こう側で苦しみ、もがきながらも公正で自由な社会を実現させたいと体当たりで挑戦している人がいるのである。そのような人々こそ、私たちが本当に心を通わせて話し合える相手ではないかと思う。
今も政治的に迫害を受けて、国外に出る中国人亡命者は増え続けている。長氏の言葉を借りれば、「政治難民が最も多いのが恐らく中国人で、10万人近くはいるだろう」という。報道や言論の自由が担保されない中国では、こうした人物が海外に出てしまえば"声"が届きにくくなってしまうため、国内での影響力が弱くなってしまう。
私たち外国人は、わずかに漏れ聞こえてくる"声"に耳を傾け、戦う姿を想像して関心を持ち続けることで、彼らの力になれるのではないかと思う。
少し疲れた様子で背を丸めて神保町を歩く姿は、まるで100年前に日本に滞在して様々な知識を綴って本国へ送り、辛亥革命に大きな影響を与えた梁啓超(リャン・チーチャオ)※2の姿をふと思い起こさせた。
「梁啓超も今日のあなたのように、ここを歩いたかもしれませんよ」と話しかけると、長氏は古本を眺めながら「とても尊敬する人物だ」とにやりと笑った。
いつの日か、祖国の土を踏みしめて自由に発言する長氏の姿を願って止まない。
※2梁啓超:1873年広東生まれ。清朝末期、日本の明治維新に倣って政治改革を目指した光緒帝が、西太后の起こした軍事クーデターで失脚、幽閉される。この光緒帝の政治改革運動に従っていた梁啓超は北京の日本大使館に逃げ込んで伊藤博文の手助けで亡命を果たす。その後14年に渡って日本に滞在し、近代国家のありようについて研究し、その膨大な論文を清朝政府の進歩派の人々に送り続けた。その後、辛亥革命で清朝が倒れると、中華民国臨時政府に国政の立て直しのために凱旋帰国する。しかし、袁世凱に失望してすぐに辞職。その後は政界から身を引き、精華大学教授や北京図書館館長などをしながら数々の著書を遺して1929年に没する。
(協力:古畑康雄 徐心/音楽:Maoudamashii)




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【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の動画企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

1997年上海師範大学卒業後、テレビ番組制作会社に入社。現在は自身が取締役を務める制作会社AsianComplexでドキュメンタリーの制作を手掛ける。満州からの引き揚げの背景に迫った『NHKスペシャル/引き揚げはこうして実現した』や69年ぶりに帰国を決めた残留孤児に密着した『ハイビジョン特集/最後の帰郷』をはじめ、『シリーズ辛亥革命100年/ラストエンペラー・真実の溥儀』など歴史をテーマにした番組のほか、中国社会の深層に迫った『チャイナブルー/ある企業家の記録』でATP優秀賞を受賞。

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