日本の祭を世界へ ーベルリン100万人の前で神輿を上げた男、宮田宣也ー

2018年05月28日



ベルリンのカーニバル、Karneval der kulturenでの神輿パレード


日本の祭があぶない


今、日本の地方や小さな神社の「祭」が衰退して神輿があげられないところが増えている。何百年も受け継がれてきた文化が失われようとしている。地域コミュニティの崩壊や過疎、若い人たちの祭離れなど原因は様々だが、私たちの世代でこれらの祭を途絶えさせてしまっていいのだろうか。そんな危惧から、祭の伝統を次の世代に伝えていこうと立ち上がった男がいる。宮田宣也、31歳。彼は、東日本大震災を契機に「祭」と出会い、ベルリンで「神輿」をあげることになった。日本の伝統をただ守るのではなく、「新しい祭のモデル」をつくり、発展させながら次の世代に受け渡すことで、日本の未来への可能性を示したいと彼は考え、活動をしている。
2016年5月ベルリン最大のカーニバル、Karneval der kulturenに宮田宣也率いる神輿チームKashiwa-Renが参加した。日本人ばかりでなくベルリンっ子も一緒に神輿を担いだ。宮田たちに声をかけたのは、ベルリン在住のアヤコ・アレクサンドラ・ヴェルディエ(Kashiwa-Ren代表)。日本人の母親を持つフランス人だ。彼女はベルリンに移住したばかりの頃、このカーニバル出会い感動を覚えた。ベルリンは第2次世界大戦後、異民族を積極的に受け入れた多民族都市になっていた。このカーニバルはその移民たちが祖国の文化を披露するベルリン最大のお祭だ。しかし、この祭に日本のチームは出ていなかった。それを寂しく思ったアヤコはフェイスブックで知り合った宮田に声をかけた。宮田は直感的にこのプロジェクトに共感して協力を申しでた。お金がないにもかかわらず、日本からのボランティアとベルリンの人たちとの協力でプロジェクトはトントン拍子に運んだ。祭当日は雨の天気予報にも関わらず、晴天。たくさんのベルリンの人が参加して祭は大いに盛り上がった。


満面の笑顔で神輿を担ぐベルリンの人々


個人主義のベルリンでみんなの気持ちが一つになる神輿の力


「個人主義のヨーロッパで、みんなの気持ちが一つにならないといけない神輿をベルリンの人たちとシェアできたことが嬉しい。」とアヤコは語った。
 日本から応援に駆けつけた備前國総社宮の武部一宏宮司も神輿を担ぐベルリンの人々の笑顔をまぢかで見て驚いた。
「日本の文化を担いでもらっているのに凄い笑顔をするのがとても嬉しかった。」
ベルリンで、宮田は「神輿が世界に通じる力と可能性」を実感した。
このパワーを日本に持ち帰ることができれば、「日本の祭復活」の手がかりになるかもしれないと日本での祭復活に向けて活動を開始する。


祖父のつくった神輿の前の宮田宣也 @ベルリン


神輿職人の祖父の遺志を継いで


宮田がベルリンに持ってきたのは、2015年にフランスで上げた神輿で、彼の祖父が作ったものだった。宮田は地元横浜の神社の神輿をつくる祖父の背中を見て育った。大学ではバイオテクノロジーを学んでいたが、東日本大震災が起きるとすぐに彼は東北へ旅立った。宮城県でボランティアをしながら震災からの復興を支援したが、彼はやがて自分たちが被災地の人たちにとって本当に役に立っているのだろうかと疑問を抱くようになった。そんな時、里の人たちの声を耳にする。
「復興や仮設住宅、町の再建のことばかり会議しているけど、本当は祭をやりたいんだ」彼は津波の被害にあった神社の木材を拾ってそれで神輿を作ることを思いつく。地元の人の協力を得て、神輿職人の祖父のアドバイスを受けながら神輿を作った。
そして、復興商店街の記念行事に神輿をあげた。


宮田がつくった雄勝復興商店街「店こ屋」のお神輿



簡単なものだったが、地元の人たちが涙を流して喜んでくれた。
神輿の力、祭の大切さを改めて実感した瞬間だった。神輿が完成した時、祖父は亡くなっていた。宮田は津波被害を受けて担ぎ手の減った東北の浜の祭の支援をはじめる。
今までは村人以外には担がれることのなかった神輿を宮田たちボランティアが担ぎ、祭は大いに盛り上がった。地元の人に笑顔で迎えられた。涙を流して喜んでくれる人もいた。この体験が宮田を変えた。祭は復興の象徴になっていった。
宮田は祭、神輿に真剣に取り組むようになる。
気がつけば、祭が衰退しているのは津波の被害があった東北地方ばかりではなかった。日本全国に担ぎ手が減り、神輿をあげられなくなるところが多くあった。宮田は全国の祭に仲間たちと一緒にまわりはじめた。神輿を担いで、衰退していく祭の復興に努めるようになっていった。


宮城県石巻市大須、八幡神社春季例大祭


「子供たちにどんな祭を残せるかは僕たちの今の行動にかかっている」


と熱く語る宮田。そのためにベルリンもあったとも言う。
「日本で神輿を一生懸命、担いでも誰も振り返ってもらえなかったけど、海外で神輿を担ぐとニュースになりメディアにも取り上げられる。」
こうした活動が人々の目に触れることで全国の衰退している祭に危惧を抱いている人に勇気を与えることができる。応援になれればと思っている。
「そのために、僕たちが一番先頭を突っ走らなければならない」
宮田宣也は今年「明日襷」というNPOを立ち上げて活動のステージを広げた。


神輿を積んでベルリンからフランスへ向かうトラック


今年も御輿を積んだトラックが日本からヨーロッパへ駆け巡る


彼らは今年もベルリンで神輿をあげた後、スロベニアでも神輿をあげる予定だ。
その後、リトアニア、バルセロナを巡る計画を立てている。

ベルリンから日本へ、日本の祭文化を新しい形で継承していこうという宮田宣也とその仲間たちを追ったドキュメンタリー映画「MIKOSHI GUY -祭の男」を制作中。




<作品クレジット>
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の動画企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

[カメラ:下山 遼祐・黒田大介・Paul Leeming・イノマタトシ]

TVCM制作会社ティ・ワイ・オーを経てフリーディレクターとして活躍。数百本のTVCMを企画演出。様々な広告賞を受賞。CM以外にもテレビ番組や映画、PV、Web Movieなどを監督。高い評価を得ている。テレビ番組では、フジテレビ「世にも奇妙な物語」などからNHKのドキュメンタリー番組まで幅広く演出。NHK Forbidden KYOTO(禁断の京都)で、シカゴ映画祭 テレビ部門銀賞。ドキュメンタリー映画「OYAKO」International Film Awards Berlin Best Documentary賞など受賞をしている。

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