国境の難民診療所メータオ・クリニック

2018年01月23日

シンシア・マウン医師の訴え


「国の保健政策は中央で決められ、世の中の難民支援や関心はミャンマー国内へ向かっています。私たちのように国境にいる医療支援は打ち切られ、メータオ・クリニックの運営資金が減り困りはじめました」とシンシア・マウン医師は語る。




このメータオ・クリニックを運営するシンシア医師は1988年ミャンマーで民主化を求める学生運動の時代に、軍事政権から逃れてタイにやってきた。シンシア医師は、タイ・ミャンマー国境の町メーソットにクリニックを1989年に設立し、以来タイ・ミャンマー国境付近にて基本的な医療サービスを供してきた。

クリニックは主にタイ国内に住んでいるミャンマー難民やミャンマー国内では医療を受けられず、国境を越えてくる人々に対してある。今日でも、メータオ・クリニックを受診する患者の50%は医療を受けるためだけに、国境を超えてきている。ミャンマーが民主化された今も年間約11万人の患者がクリニックを受診している。




そんな約30年にわたって続いているクリニックが運営資金に困窮して来た。2016年には集まっていた約3億円の支援金は、2018年からその三分の二の約2億円にまで減ってしまうことになった。現在、多くの外国政府からの支援や開発プロジェクトはミャンマー中央政府に向かい、メータオ・クリニックには向かわなくなったことが理由の一つとして挙げられる。

今後の懸念と解決策は


またメータオ・クリニックでは、医療サービスだけでなく子供の保護と教育、医療従事者の訓練などを行ってきているが、同じように資金が減ってきているので2018年以降の活動が大幅に制限され、新しい医療スタッフの育成、スタッフへの給料の支払いなど、ますます困難になる。

また、ここで働いている医療スタッフもこのメータオ・クリニック独自の教育を受けただけで、タイやミャンマーのほかの医療施設では働けない。タイやミャンマーで医師や看護師の資格や技術を証明するものを持たないのだ。

あるベテランスタッフは語る「私はミャンマーで小学校3年生程度の教育を受けているだけで、それからの教育はメータオで受けました」




ここで働いているスタッフのほとんどがミャンマーからの移民や難民であり、現在441名いるスタッフの今後の行方も気になってくる。2017年の間に108名のスタッフがクリニックを去った。主な原因はタイの制度変更によってIDを取得できないスタッフが戻ったことが挙げられる。

シンシア医師は今後の当面の解決策として「ここの施設がタイ政府によってヘルスケアセンターとして認定され、医療教育機関として認定されることを願っています」と語っている。





医療サービスの今後


また資金不足のために、診療を縮小し、中止することになれば患者は他の病院へ受診することになり、高額な医療費を負担する必要が生まれる。(メータオ・クリニックでは初診で30バーツ支払う)高額な医療費を払うことができない患者たちは、医療を受けられずに健康状態が悪化することが懸念される。

現在、経費削減のために、スタッフ自らの判断による給料減額が実施されており、メータオ・クリニックのすべての活動(医療の提供・保健教育など)に対しても、活動の見直しを行っている。

2015年の総選挙を経てロヒンギャ問題を除けば、民主化がすすんだように見えるミャンマー。しかし周辺にはまだまだ問題が山積みになっているようだ。




1979年福岡県出身。05年アフガン選挙を取材。06年よりバンコクを拠点にアジア各地を取材。09年にタイ・ビルマ国境付近に残った未帰還兵を追った映画『花と兵隊』を発表、以降映像作家として活動。2013年には原発事故後、福島県相馬地方で生き残った馬を追った『祭の馬』を発表。著書に「馬喰」など。現在は沖縄県在住。

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