沖縄県西原町幸地の綱引き

2018年08月24日

【沖縄の綱引き】
「沖縄の綱引き」とは一言では語れない。沖縄県教育庁文化課編「沖縄の綱引き習俗調査報告書」(2004)によれば、沖縄で綱引きは150を超える地域で開催されており、地区によって綱の準備、作成過程、形状、綱引きのもつ意味合いが異なる。また綱引きの由来伝承に関しては、詳しく伝承されている地域はほとんど皆無であり、多くは近代以降の伝承による。開始年代が伝承されているのは、約20カ所程度であった。
沖縄で最も古い綱引きの一つは約400年以上の歴史と伝統を持つとされる。特に南部地方が盛んで、『那覇大綱挽』『糸満大綱引き』『与那原大綱引き』は三大綱引きと呼ばれる。すでにメディアに取り上げられている大規模な綱引きではなく、今回は沖縄の西原町幸地の綱引きに焦点を当てる。

【撮影のきっかけ】
私は2013年からブラジルで日系移民を追いかけていて、ブラジルには世界最大の沖縄系の移民コミュニティがあることを知った。たまたまブラジル沖縄県人会へ出入りをはじめた、そして戦後の移民一世の先輩たちに世話になった。ちょうど110年前に行われた第一回笠戸丸ブラジル移民には幸地からの移民がいる。それら偶然の縁もあり、2017年から沖縄県西原町幸地に住み始めた。
今年の8月の上旬の朝、郵便受けに「幸地自治会ニュース」というビラが入っていた。月に一度の自治会からの案内だ。今年は台風の当たり年で、まるで週末を狙い定めたかのように台風が来る。週末の予定が台風のためにつぶれてしまうことが多く、そうならないことを願いつつ、自治会の行事に参加しようと決めた。
西原町幸地では主にサトウキビの生産をはじめ、野菜の生産や畜産業を行っている。また那覇までのアクセスの良さなどから沖縄県内からの移住者も多い。高速道路の新しいインターチェンジが幸地にできることから、地域の更なる変化が起きることが予想される。昨年末、幸地公民館でブラジル移民関係の行事が行われた。私が自治会にはじめて顔を出した時、ブラジルにいたこともあり移住者として隔たりを感じることはなかった。閉鎖的な農村でもなく、都市部という訳でもない、都市部と農村地帯の境目の様な地区だ。

【沖縄と東アジア稲作地帯の綱引き】
今回、取材ができた西原町幸地における綱引きは、綱そのものが雄雌の二本に分かれ、綱引きが行われるときに雌雄が結合する。雄綱が雌綱の中に入って勝負が始まる。綱の形状が性器の隠喩となる。
実は綱引きは、中国・韓国・ベトナム・フィリピン・インドネシアなどの稲作地帯にもあるのだ。ほとんどが旧暦の農耕暦にそって行われている。豊作祈願と豊作への感謝、そして綱引きを通じた性的儀礼が共通している。また綱の原料として藁が使われている。東アジアの稲作地帯に広まっていることが興味深い。沖縄と同じく韓国でも雌雄結合の綱引きが行われている。

【撮影のスタイル】
この企画は、映像民俗学的な視点から沖縄の綱引きを見ようと思った。この手の映像は構成軸を時系列に沿って記録を残すことが重要だ。記録者の視点が問われる。今回の場合は構成軸を調整せず、不用意な音楽を付けることや記録者の主体性を全面的に盛り込むことを避けた。村落共同体そのものが主人公という意識があり、特定の識者などへのインタビューを使用することも避けた。
誰かしら明確な主人公を持ってくるのではなく、綱引きとそれに関わる共同体の「今」を記録してみようと試みたからだ。移住者のよそ者が見た村落共同体の祭の記録になる。

協力:西原町幸地自治会/與那嶺良樹/與那嶺義雄
参考文献: 沖縄県教育庁文化課編 
沖縄県教育委員会 「沖縄の綱引き習俗調査報告書」 2004年




<作品クレジット>
企画/撮影/編集/松林要樹
協力:西原町幸地自治会・與那嶺良樹・與那嶺義雄
参考文献: 沖縄県教育庁文化課編 
沖縄県教育委員会 「沖縄の綱引き習俗調査報告書」 2004年…もっと見る

1979年福岡県出身。05年アフガン選挙を取材。06年よりバンコクを拠点にアジア各地を取材。09年にタイ・ビルマ国境付近に残った未帰還兵を追った映画『花と兵隊』を発表、以降映像作家として活動。2013年には原発事故後、福島県相馬地方で生き残った馬を追った『祭の馬』を発表。著書に「馬喰」など。現在は沖縄県在住。

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