言葉で殴り合うビジネスマンたち ~なぜ社会人がラップを?~

2018年05月10日



サラリーマンの日常にラップがやってきた


2016年に迎えた、ラップブーム全盛期。一対一で言葉をぶつけ合い勝敗を決めるラップバトルは、TVを通してお茶の間にまで浸透した。その最中に"ビジネスマン・ラップ・トーナメント"は生まれた。名刺交換からはじまる節度を持ったdisり合い。社会人によるMCバトルだ。

経営者・ブルーカラー・エンジニア・官僚・職人・医者...ありとあらゆる職種が、与えられたわずか16小節の中で、自分の言葉を絞り出す。愚痴や願望、自ら押さえ込んできた言葉の数々。次の一語に詰まって泣き崩れる男や、負けて悪夢を見たという男。ビジネスマンらしい笑顔の裏で、彼らは本気だった。
でも、何のために?

あるサラリーマンは"ずっと飢えていた"という。大手企業で日々タスクをこなし、昇進試験を受け、同僚の転職を見送りながら...。「子供がいようが、嫁さんがいようが、家庭が安定してようが、会社が安定したとこにいようが、っていうか、それは逆に言うと全部、飢える要素になってる...」そして彼は40を過ぎて、SATO-Cと名乗る"ラッパー"になった。

無数の、無名のヒーローたち


142か国20万人以上を対象にした調査によれば、日本のビジネスマンの「会社への満足度」は先進国中で最も低かった。(出典:Worldwide, 13% of Employees Are Engaged at Work | Gallup : http://www.gallup.com/poll/165269/worldwide-employees-engaged-work.aspx)
このドキュメンタリーには際立ったヒーローや、奇跡的な成功者や、社会問題の渦中の人は出てこない。その代わりに、雑踏ですれ違うスーツ姿や作業着の人たちが登場する。
彼ら社会人ラッパーに共通しているのは"もっと生きたい"と本気で思っていることだった。フルタイムで働きながら、家庭を抱えながら、彼らは自分のラップを作り続けていた。日々のストレスを言葉に変え、自分を追い詰めるルールや強迫観念を乗り越えるべき壁に変えて。"ビジネスマン・ラップ・トーナメント"は、仕事場でも家庭でもない第三の居場所になっていった。
そこでは誰もが、もがいていた。
ある経営者は、もう飲み屋で愚痴を聞くのはうんざりだったから。ある営業は弱った後輩を本気で励まそうとして。あるブルーカラーは人生の勝ち負けを自分で決めるために。ある課長は良い会社員と良いパパだけで終わりたくなくて、もがいていた。彼らは夜な夜なSNSのグループ通話を使ってラップを吐き出した。ある人は深夜の会議室から。ある人は家のベランダから。形を伴わない独り言のような言葉が、彼らを繋げていた。
それぞれに異なる職種に就く社会人ラッパーたちには暗黙の了解があるように思えた。決まったビジネス用語を貸し借りし、会社の利害損得の中で自分を演じ、与えられた役割を果たし、いつの間にか磨り減って、これ以上ないくらい絶望し...。そして、そこから自分の言葉を変えようとすること。彼らは自分の持ちうる限りの言葉で殴り合い、負け、また言葉を拾いなおし、自らを思い知り、成長しようとしていた。

何のために彼らは闘うのか?
ビジネスマン・ラップ・トーナメントの賭け金は、"私"という物語の価値であり、その真価を問い・問われながら彼らは"もっと生きたい"という願望を叶えていく。 "私"という物語を推し進めていく。
僕はカメラの向こうに、やっぱりヒーローを見ていたのかもしれない。




1984年、東京都生まれ。社会の周縁に生きる人々の知られざる物語をテーマに制作。デフ(聴覚障害)の人々が東日本大震災をどう生き延びたのかを手話で記録した『あの日、音のない世界で』(NHK world)や、過疎の村に残る人々の声を拾った『異人がやってきた町』(NHK BS1)など。2016年のTOKYODOCS(国際ドキュメンタリー提案)では、デフの親を持つ子を扱った『私だけ 聴こえる』がベストピッチ賞を受賞、北米最大のドキュメンタリー映画祭HOTDOCSのピッチングに選出された。ドキュメンタリーを日本のカルチャーにすべくジャンルを越えた制作者のコミュニティ”BUG”を共同主催。

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