15年前あのフセイン像を倒した男たちの「その後」

2018年05月31日



フセイン大統領(当時)銅像が倒される光景を見つめる市民(2003年4月9日撮影)


いまから15年前に起きたイラク戦争。その戦争を象徴する一つの映像が、サダム・フセイン大統領(当時)の銅像倒しだ。
2003年4月9日、イラクの首都バグダッド市内中心部が米軍に制圧された。そして、フセイン大統領の像が米軍の装甲車によって引き倒される。その光景は生中継も含めて、世界中のテレビを通じて何度も繰り返し放送された。私自身も、その引き倒しの一部始終の現場にいたが、あの「フセイン像倒し」のシーンに関しては、これまで様々な憶測が流れた。

あのフセイン像を倒そうとした人たちの思いとは?


「フセイン銅像引き倒し市民は、米国『CIA』のサクラだった」「ヤラセの『銅像引き倒し』」「ドル札が飛び交った」
当時、日本で発売された雑誌の見出しだ。それらは、あの像の引き倒しに関わった人物は米軍に「雇われた」「動員」された人物で、米軍の仕組んだ「演出」だったという内容だ。しかし、それらは当時ライブ映像で流れた外国通信社やアメリカのテレビ映像から推測しているだけで、現地の当事者の証言は無い、証拠力の乏しい分析だった。
あの銅像倒しに関わった彼らはどんな人たちで、そのとき何を思っていたのか......。私は、当時自ら撮影した映像や写真を手がかりに、彼らを捜し出した。その詳細は以下の動画を観てほしい。

あのフセイン像を最終的に引き倒したのは、確かに米軍の装甲車だった。像の首にかかった「小道具」のロープもワイヤーも米軍のものだった。しかし、あの広場に集まったイラク人たちは、少なくとも米軍に動員された人たちではなかった。あのフセイン像を倒すために、自分たちの手で倒すために、自発的に集まった人たちだった。だが、高さ10メートルほどのフセイン像は、彼らの思い以上に高くそびえたっていた。集まった彼らの力だけでは倒せないと気付いて米軍の力を借りたとき、世界のメディアが映し出す映像に乗っかって、それは「米軍の演出劇」に代わってしまった。

あのフセイン像をつくった彫刻家ハーレド・イザット氏の現在



フセイン大統領(当時)銅像が倒される光景を見つめる市民(2003年4月9日撮影)彫刻家ハーレド・イザット氏の看病をする息子のワリード氏(2018年4月7日撮影 イラク・バグダッド市内で)


あの銅像を巡っては、日本では別の噂も流れていた。今で言う「フェイク・ニュース」だ。当時のニュースキャスターが、「あの銅像は、その前の大統領バクル氏ではないかという噂もあります」と発言した。あの銅像をつくった彫刻家ハーレド・イザット氏のインタビューも、同じ動画で見てほしい。彼は、イラク戦争開戦前年の02年4月28日のフセイン大統領の誕生日に合わせて銅像をつくり、その日に彼の銅像の除幕式が行われた。
「独裁者サダムの像でも、私にとっては芸術作品だ。芸術は芸術。政治とは関係がない」と、彼は自らに言い聞かせるように話していた。
開戦から15年後の今年4月、ハーレド氏と再会できた。だが、彼は2年半前に脳卒中で倒れて以来、自宅のベッドで療養生活を送る。意識はあるが、言葉を話すことができない。イラク政府公文書館に勤務する一人息子のワリード氏(36歳)が「介護休職」を取って、四六時中世話をしている。彼は、「フセイン政権崩壊後、私の父は海外の芸術大学から何度も移住のオファーがあったが、拒否し続けた。父は他のイラク人芸術家たちといつも一緒の時間を過ごした。若い芸術家たちに未来を託していた。倒れる直前、イラクは『イスラム国(IS)』が勢力を拡大した時期だったが、父は『大丈夫だ。イラクは必ず回復する。私たちはここに住み続ける』と言っていた。私も父の病状の回復を信じて、イラクで生きていく」と語る。


かつてサダム・フセイン像があった広場(手前右)は更地となった。新しい広場に生まれ変わる予定だが、工事は進んでいない(2018年4月8日撮影 イラク・バグダッド市内で)


あのフセイン像が建っていた広場には、若いイラク人芸術家たちが「自由と希望」の像を建てたが、後に撤去された。私が出会った、「あのフセイン像を倒した男たち」は、皆バグダッドを離れて消息や行方がつかめず、残念ながら15年目の再会は果たせなかった。あのフセイン像を倒そうとした人たちに限らず、イラク市民はフセイン独裁政権と米軍に翻弄された。そして、フセイン政権崩壊後の15年もまた、戦乱と爆弾テロが続く日常の中で、民主主義と自由への苦難の道のりだった。(4月8日バグダッドにて)




<作品クレジット>
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の動画企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

1971年大阪府生まれ。98年からアジアプレスに参加。東ティモール独立紛争、米国同時多発テロ事件後のアフガニスタン、イスラエルのレバノン攻撃など、世界の紛争・戦争地域を取材、ニュースリポートやドキュメンタリー番組を制作。イラク戦争報道で「ボーン・上田国際記者賞」特別賞、「ギャラクシー賞」報道活動部門・優秀賞など。ドキュメンタリー映画『Little Birds イラク 戦火の家族たち』(2005年)『イラク チグリスに浮かぶ平和』(2014年)を撮影・監督。著書に『リトルバーズ 戦火のバグダッドから』(晶文社)、共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)など。

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