残り続ける破片 クラスター爆弾で眼を負傷した少女の15年
2018年05月31日

爆弾の破片で右眼を負傷した当時12歳のハディール(2003年4月 筆者撮影)
なかでも、ドキュメンタリー映画『Little Birds イラク戦火の家族たち』
http://www.tongpoo-films.jp/littlebirds/(2005年公開)の主人公の一人で、メインビジュアル・ポスターの少女の15年のこれまでの軌跡を以下の動画で観てほしい。
2003年4月、米軍が制圧した直後のバグダッド市内南部の住宅地の一角で、私は右眼に白い包帯を巻いた女の子ハディール(当時12歳)と出会った。彼女の頭部を写したX線写真の右眼の部分には、小さな"白い点"が映し出されていた。黒いX線写真に浮かび上がる、長さおよそ2ミリの金属片。それが、彼女の右眼に突き刺さった「戦争」だった。
米軍地上部隊がバグダッドに迫っていた同年4月5日の朝、空爆機の音が空から聞こえてきたので、ハディールは家の中の彼女の部屋で、家族と身を寄せ合って一緒に座っていた。そして、大きな爆発音が聞こえた瞬間、部屋の窓ガラスが割れ、爆弾の金属片が彼女の右眼に突き刺さった。
彼女を襲った兵器は「クラスター爆弾」だった。それは、大きな「親爆弾」の筒の中に数百個にも及ぶ小さな「子爆弾」が装填されている。空中で親爆弾が爆発し、地上にばらまかれた子爆弾がさらに爆発して、周囲何百メートルにも破片が飛び散る「無差別殺傷兵器」だ。当時の米軍は1500発、英軍は2000発以上のクラスター爆弾(親爆弾)をイラク戦争で使用した。

不発弾となったクラスター爆弾の子爆弾(2003年4月筆者撮影 バグダッド市内で)
小さな破片がもたらす戦争の恐怖

ドキュメンタリー映画『Little Birds イラク戦火の家族たち』2005年公開当時のポスター
開戦から10年後の2013年、バグダッドで再会したハディールは22歳になっていた。彼女は、「私にとっての戦争は、まだ終わっていません」と、静かに語った。それは、2003年に負傷した当時に手術をした直後と、同じ言葉だった。
そして、2016年に再びハディールの家を訪れた時、彼女は前年に結婚して、出産したばかりだった。出会った時はハディールちゃん、10年後はハディールさん、そして、ついにハディールお母さんとなった。この15年間、私は様々な「死」をイラクで目撃してきたが、この日ばかりは待望の「生」に出会えたような気がした。

生まれて4カ月の長女リマースを抱くハディール(2016年5月筆者撮影 バグダッド市内で)
<作品クレジット>
【この記事は、Yahoo!ニュース個人の動画企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】